血液循環とがんとの不思議な関係

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 芸能人・著名人が乳癌、膵臓癌、肺癌など色々な癌を罹患し、あるいは死亡され報道されるケースが多くなっています。それだけ世間の皆さんの関心が高い話題だともいえます。私の幼少時、40年ぐらい前は癌といえば「不治の病」という印象の強い病気でした。この病気になれば死を意味するほど重い病名で、今は癌を「がん」と表記することも多くなってきました。
それからかなり時間は経ち医学が目覚ましい発展をとげ、診断、治療が進歩してきました。具体的には、治療面では癌細胞を直接ターゲットとした抗癌剤の開発など、診断面では、血液マーカーの他、当院が最も得意とするCT、MRI、エコーなどの画像診断機器の開発が進みました。画像診断法の発達で、早期の微小な病変の段階でかなり明瞭な像を得ることができるようになってきました。癌は「不治の病」から「治療し、治癒し得る病気」に変わってきたと言えます。
 しかしながら、癌は日本人の死因の一位でありつづけています。癌は一旦他の臓器に転移してしまうと、治療ができない場合が多く、それが若い方に発症し死亡につながる悲劇的な話になること、このことが世間の耳目をひくように思われます。
 私たちは毎日、同じような生活の繰り返しで、先の人生がいつまであるか本来わからないものです。しかし、今までもこんな感じできたから、これからもこのまま同じように続くであろう、と経験則で変な確信をもっていたりします。そして多くの人は現実の生活の短期的・中長期的な目標に没入します。ところが、本来は不安があってもおかしくないのであって、明日何かが起きて人生のプランが崩壊する可能性はあるはずです。実際、産業革命以前の世界は、天変地異や飢餓、感染症にさらされ、人の死は今よりもっと間近にあり、神への信仰という概念がより必要とされる時代でした。現代の世界、特に日本のような先進国社会では、常に死の恐怖にさらされる、ということがなくなり、ある意味平和ぼけしているといわれています。その反動でしょうか、地震や台風などの災害が起こるたびにショッキングなテーマとなり、マスコミが大々的に過激なまでに報道し、被害にあった方の身を案じます。しかし時間が過ぎると、そういった人たちのニュースは減って、世間の多くの人々の関心も新しい話題にどんどん更新され、情報が消費されています。
 有名人の癌による死亡、は、もちろんその人がもう見られなくなってしまう悲嘆の深い経験でもありますが、振り返って生と死に向き合い、わが身に置き換えて考えてみる機会でもあります。いろんな方が身を挺して病気の恐ろしさを教えてくれています。私たちはそこにこれからの生きていく智慧を見出さないといけないと思います。

 閑話休題。今回のテーマは我々の専門とする血液循環とがんの関係です。
癌細胞は成長が早いですから栄養の元となる血液、すなわち血流を多く必要とします。そのため癌細胞から血管新生因子が分泌され、癌に栄養がたくさんいくように、細い血管が癌の塊の周りにたくさん作られます。つまり、癌の成長は癌をとりまく血液循環に依存しているといえます。

 しかし癌は熱に弱いとされています。がん温熱療法という治療法があります。癌細胞は42度以上になると死滅するといわれています。正常細胞では熱が上がると毛細血管も拡張して熱を逃がす働きがあります。一方で、がん細胞の新生血管は栄養供給のために急場しのぎで作られた血管なのでそこまでの働きがなく、熱がたまり死滅する、というのです

 体の冷えは癌の発症につながる、といわれています。ただし、冷え症という病気は医学的には存在しません。東洋医学の発想といわれています。哺乳類の一種であるヒトは恒温動物ですので、基本的に体温を一定に保つ機構を体がそなえているからです。例えば、「低体温症」という概念はありますが、雨にぬれて一晩中外にいるなど、体が極度に冷やされて、結果的に生命機能が維持できないような状態を指します。
 「冷感」という症候もあります。一例として、足の動脈硬化などで血流が低下し、触診上、足の温かさがみられないような状態があります。また心不全の急性期で循環が極めて低下した場合に、四肢末梢に冷感がみられることもあります。
 このように幾つか冷えに近い概念はあるのですが、日常的におこる冷えの体質のようなものは、疾患名としては存在しません。

 

 それでは「冷えにより癌が発症する」という説は本当なのでしょうか?

 実は、体温が1度下がると免疫力が30%下がるといわれています。また細菌やウイルス感染により発熱し体温が上がるのは、免疫細胞を活性化し、末梢循環をよくして、これらの外敵を攻撃するために起こるともいわれています。体温があがると免疫をつかさどるT細胞の活性化がみられる、というエビデンスもあります。癌の発症自体は「遺伝子の傷」で起こりますが、遺伝子の傷によりできた、正常ではない細胞(=癌細胞)は、体の防御システムである免疫機能がしっかりしていれば、免疫細胞の追跡をうけ、排除されるようになっています。冷えにより癌の発症が起こり得る、というのはあながち間違っていないかもしれません。

 9月はがん征圧月間でした。30年ぐらい前のことですが、新聞で「9月は癌で死亡する人が多い」のでがん征圧月間になった、という記載がありました。
 がん征圧月間が定められたのは1960年で、その当時画像診断はレントゲンぐらいしかなく、末期になってから発見されたのがほとんどだと思います。9月に癌死亡が多いというのは、癌にかかった末期の方が亡くなることが多かった、という通説が50年以上前に存在した、ということを意味していると考えられます。
 では、何故9月に癌でお亡くなりになる方が多いのでしょうか?そのとき読んだ新聞の記事には、9月に癌死亡が多い理由を「季節の変わり目にあたるから」、という説明がありました。最近になり改めて、文献を調べてみましたが、その明確な理由を記載しているものはみつかりませんでした。

 ただし、9月は確かに、外来患者さんの層も8月と変わってきます。感冒になる方が増えるのです。一部にはこの時期に流行するRSウイルス感染によるものがあるかもしれません。
また、気圧の変動が起こり、気管支喘息の方の発作がよく起こります。自律神経の不調をきたしやすい時期でもあります。
 夏の間に血液循環がよくなって、癌細胞が成長した末期癌の方が、9月に入り上気道感染にさらされたり、自律神経の不調をきたしたりすれば、体の不調をきたすことは充分に考えられます。気温が下がり、体が冷えることもあるでしょう。癌細胞をみはっている免疫細胞にとってはよくないコンディションになります。9月に癌死亡が多いというのは、そのような背景があったのかなと推察します。

 まとめると、体の冷え=血液循環が悪くなる、と癌の発症を後押ししてしまうし、一旦癌が成長すると癌は新生血管を多くだすので、癌周囲の血液循環そのものが癌の成長を促進してしまう、しかし高体温の状況では、癌の血液循環は実は未熟な形によるために、蓄熱を起こし死亡する、このような不思議な関係になっていると考えられます。

 まずは、体の冷えにならないようにすることが大切です。入浴し体をゆっくり温めます。また体が温まったらほどなくして床につきましょう。夜の作業をして体を冷やさない方がよいです。
 体の発汗をうながすショウガ、ニンニク、唐辛子などもいい食品であると考えています。
 若年女性に多い足の冷えやむくみは運動不足も一つの原因です。足の筋肉はポンプとして下肢末端の血流を上に送りだす働きをもちます。足がむくみやすいという方は下肢の筋力を鍛えることをお勧めします(循環器内科科長)。


心筋症診断における心臓MRI T1 mappingとECV解析 ― LGEに代わるイメージングモダリティの幕開け 第2回 Cardiovascular Imaging Symposium

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(医療法人豊智会、バイエル薬品株式会社共催)

「心臓MRIのT1 mappingおよびECV解析について」に関する発表抄録掲載

 去る平成30年10月17日、医療法人豊智会はバイエル薬品の協賛・共催で「第2回Cardiovascular Imaging Symposium」を東京白金台八芳園にて開催致しました。盛会のうちに終了できましたことをご報告致します。
 循環器内科科長の手塚が当院における3T心臓MRI(Siemens社)によるT1 mappingとECV解析のデータを発表致しましたので、下記に発表スライドの一部と抄録を掲載させていただきます。

【発表抄録】

「心筋症診断における心臓MRI T1 mappingとECV解析」

背景: 心臓MRIによる遅延造影検査は心筋線維化を描出し、その後の心イベントの発症と相関することから、心筋症での患者予後層別化の因子となり得る。しかし拡張型心筋症ではinversion timeの設定の困難もあいまって、4割ほどしかLGE陽性とならない。新しい撮像法であるT1 mappingではT1値を定量化するとともにECVを算出することができる。
方法: 全30症例で心臓MRI(T2WIBB、シネ、T1 mapping、遅延造影検査)が施行され、解析対象とした。心エコーのデータもさらに検討し、EF値(%)と左室拡張末期径(LVDd(mm))が記録された。拡張型心筋症は臨床的に診断されたものを対象とした。コントロールは正常左室壁運動をもつものと定義された。左室心筋のAHA16分類の各部位で計測したECVをセグメンタルECV(ECVsegと定義し、解析した。
結果: 拡張型心筋症は7例、コントロールは3例で解析した。拡張型心筋症の症例のEFはコントロールと比較して有意に低かった(39.9±11.8 v.s 61.7±5.7%, p=0.005). また拡張型心筋症の症例の左室拡張末期径(LVDd)は有意に高かった(60.7±7.8 v.s 47.3±2.1, p=0.003)。 拡張型心筋症のECVseg(n=112) はコントロール(n=36)と比較して有意に高かった (30.7±6.0 v.s 25.6±1.6%, p<0.001)。拡張型心筋症を診断するROCカーブの解析ではカットオフ値26.9%によりAUCが78.7%であった。ECVsegの診断精度を求めたところ感度75.9%、特異度81.2%、陽性的中率90.4% 、陰性的中率59.1%であった。
結論: ECVsegは拡張型心筋症の検出に有用であった。

【Abstract】

Diagnostic Ability of myocardial T1 Mapping and Extracellular Volume Fraction Analysis used by Cardiac Magnetic Resonance Imaging in patients with Dilated Cardiomyopathy

Daisuke TezukaMD.PhD.1
Department of Cardiovascular Medicine, Advanced Imaging Center Yaesu Clinic.

Introduction: Cardiac Magnetic Resonance (CMR) imaging used by late gadolinium enhancement (LGE) can detect myocardial fibrosis, which correlated with future cardiac adverse event, and become an indicator for stratifying outcome of patients with cardiomyopathy. However, in cases with dilated cardiomyopathy (DCM), LGE can be detected in the 40% cases of DCM due to the difficulty of setting inversion time by the examination. New imaging modality, myocardial T1 mapping quantifies native T1 value and can calculate extracellular volume fraction (ECV).
Methods: A total 30 cases underwent complete evaluation with CMR (T2 weighted image block blood, T1 mapping with and without enhancement, and LGE study) in our clinic, and the whole data was reviewed. The data of echocardiography was checked in the all cases. Ejection fraction (EF(%)) and left ventricular end-diastolic diameter (LVDd(mm)) was recorded by the echocardiography or the CMR cine imaging. The patients with DCM were defined as having its clinical diagnosis in their hospitals. Control case was defined as normal LV function by cine imaging. Segmental ECV (ECVseg) was calculated in the AHA 16 segments of LV by setting ROI in the each lesion.
Results: The number of DCM patients was 7 cases. EF in DCM cases was significantly lower than the control cases (39.9±11.8 v.s 61.7±5.7%, p=0.005). LVDd in DCM cases was higher than the control cases (60.7±7.8 v.s 47.3±2.1mm, p=0.003). ECVseg of DCM (n=112) was significantly higher than that of control cases (n=36) (30.7±6.0 v.s 25.6±1.6%, p<0.001). The ROC curve demonstrated 78.7% of AUC when cut off value was 26.9%. The diagnostic accuracy of ECVseg was 75.9% of sensitivity, 81.2% of the specificity, 90.4% of the positive predictive value, and 59.1% of the negative predictive value.
Conclusion: Segmental ECV analysis by T1 mapping of CMR was useful for the detection of DCM cases.




熱帯夜と快眠 -暑いと眠れないとは何故だ?快眠と血液循環の秘密の関係-

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 梅雨が明けてしまい、熱帯夜が始まりました。今年は梅雨といっても東京近辺はさほどまとまった降雨がなく、これから猛暑が始まるかと思うとうんざりしますね。

 昼間暑いのも大変ですが、夜暑いのも一苦労です。寝るときにクーラーをつけなければ「熱中症になるぞ」、といわれ、クーラーをつけて寝れば、「夏風邪」をひき、鼻がぐすぐす、空咳も続いたりして、あるいは朝起きた時に体も何となくだるくなる、一体どのようにして過ごせばよいのか、というのが正直、疑問に思われるところだと思います。

熱帯夜と快眠

 では、何故暑いと眠れないのでしょうか?この疑問に答えられる人はそう多くはないと思います。「暑かったら眠れないものは眠れないんだから、眠れないのは当たり前でしょ!!」と怒られそうです。もう少し掘り下げると、入眠時に暑いときには、体がどのような反応をしているから眠りにつけないのでしょうか?

 まずそれを明らかにする前に、ヒトが眠るときにどのようなことが生体内で起きているのか説明しないといけません。昼間は自律神経のうち交感神経の支配が優位にあります。交感神経は体を緊張させ、心拍数や血圧を上げ、頭の回転も速くさせます。夜間は反対に副交感神経の支配が優位になります。副交感神経は体を休めようとするため、脳を休める睡眠をもたらしますし、心臓や呼吸の働きも低下させます。

熱帯夜と快眠

 例えば、コンピューターがしばらく操作していないと画面が暗くなり、スリープモードになり省電力にしようとしますね。体も同じで、睡眠中はほとんどの体の働きは無駄な労力となるため、心臓の拍動回数(心拍数)や呼吸数は低下します。ただ、低下はしますが、しかし、心臓などは絶対に止まらないようにある程度のところで心拍数がピタッとそれ以上は絶対に落ちないようにもなっています。心臓のすごいところです。交感神経や睡眠の機能は太陽系の地球が自転していることで昼、夜の区別ができたことから、生体にも備わるようになったと考えられています。生命の神秘は宇宙のシステムとも関係しているのですね。

 さて、話がそれましたが、入眠には副交感神経の働きが重要なのはわかりました。では暑いとどうして眠れないのか?これには熱中症の回を思い出していただくとよいです。

熱帯夜と快眠

 暑いと「汗君」がでて体温を冷やすんでしたね。その汗をかくのは、「交感神経が働くから」、でした。皆さん、人前で発表するときに緊張して手に汗をかきますね。これも交感神経の働きです。交感神経が働けば、頭がさえてしまいます。また、皮膚の血流も増えて、アトピーなど慢性の皮膚疾患をもっている方などでは体がかゆくなったりします。こうしたことが「暑いと眠れない!」原因と考えられます。

熱帯夜と快眠

 では、入眠時にクーラーで冷やして、交感神経の働きを抑えれば、快眠につながるのでしょうか?クーラーをつけることでは暑さが原因となっている入眠はすんなり達成できると思います。ただつけるタイミングも重要です。お風呂でしっかり温まってから、しばらくは窓を開けるなど、クーラーをつけずに、自然な放熱により余分な体熱をとっていきましょう。汗をかくからといってクーラーで体を急激に冷やすことは生体にとっては逆効果になります。料理で調子したものを、室温でゆっくりと冷まして、味をしみこませる過程がありますね、そんなイメージです。

熱帯夜と快眠

 寝る前10-15分になったらクーラーをつけ、布団に入る準備をします。そのまま照明も暗くし、一気に寝てしまいましょう。
さて、クーラーは消して寝るのか、つけっぱなしでよいのか?ここが問題です。1-2時間のタイマーで消した場合、その後室温は上昇してきますので暑くなり、そこで睡眠が浅くなります。室温が上昇してくれば、結局は暑くて寝苦しい状態になります。
 
 しかし、気温が一番下がるのは5時ぐらいで、体温もその時間帯に一番下がります。従って、ずっとつけていれば朝方に室温は予想より低下して、体も冷えてしまうことになります。
気温・体温の日内変動を考えると、一番よいのは3時か4時ぐらいでクーラーを一旦切り、窓を開け気温に切り替える、6-7時ぐらいでクーラーを再度入れる、というのが理にかなった方法です。ただしそのために睡眠を中断して起きることになり、うまい方法ではないでしょう。
 
 何故、家電の開発会社は睡眠や日内変動に配慮したクーラーのプロトコールを作成しないのか不思議です。気温や体温は継時的に変化するものであり、同じ温度設定で済むはずがありません。その人ごとに、暑いと感じるレベルも色々です。今後通信機能を利用して地域の気温・地温データや、利用者の体温センサーなどから計算されたオートコントロールの空調がうまれる日も遠からず来ると思います。

 クーラーを夜通しつけていて気にならない方はよいとして、ずっとつけていると体が冷えてしまう、という方は4時ぐらいに消えるようなタイマー設定にしてみたらいかがでしょうか?

暑い夏を乗り切るためには、まず睡眠の質をよくすることからお勧めしたいと思います。

(循環器内科科長)


薬物中毒と心臓突然死について ―ドンファン氏怪死事件の謎にみる脱法薬物の危険性ー

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 和歌山の資産家が急死した事件で、覚せい剤の急性中毒死、また誰がそれを飲ませたのか、という話題が先ごろから注目を浴びていました。飼っていた犬を調べた結果、薬物成分が検出されていないことで事件はさらに迷走しそうであります。
 
 これはマスコミなどでも取り上げられていたことなのですが、覚せい剤で死亡するのか!と思った方は多かったようです。私も意外に思いました。覚せい剤は慢性中毒のイメージが強く、致死量が低く、死亡させるような薬物である、ということは知りませんでした。
 
 覚せい剤は正確にはアンフェタミン、メタンフェタミンという薬物です。精神刺激薬としての効能があり、血圧上昇、興奮、不眠を来たします。太平洋戦争で日本軍が戦場に赴く兵士に対して恐怖感を軽減する目的で使用した事でも知られています。不眠作用があり夜間での作業能力を高める薬として、戦前から「覚せい剤」として販売されていました。

 その薬理作用はドーパミン放出を増やし、交感神経の活動を高めるため、血圧と心拍数を増やします。要するにアドレナリンが出るようになり、実は強心作用を有しているのです。精神毒性や依存性がなければ、心不全の際に使用できる薬物であったかもしれません。
 
 では覚せい剤により急死した、というのはどうしてなのでしょうか?
 
 すべての薬物には致死量があります。薬物を開発しヒトに対して安全に使用するには、まず動物に投与し、その半数が死亡する量を求め、毒性として判定します。これをLD50といいます。我々が医療目的で使用している薬品の中には劇薬と毒薬が定められていて、LD50=50 mg/kg以下を毒薬、LD50=300 mg/kg以下を劇物と定められています。

 今回は医療を扱う医家の立場から薬物の毒性に関してお話ししますので、犯罪行為などに以下の知識は決して悪用しないでください。

 例えば毒性の強いものとして破傷風菌があります。破傷風菌は戦前、旧日本軍が破傷風菌を生物兵器として研究していた疑いがありますが、LD50は0.000002mg/kg、とかなり微量でも多くの実験用動物を殺傷せしめる能力があることがわかります。フグ毒(テトロドトキシン)でも0.01 mg/kgです。キムジョンナムが暗殺されたときに用いられたVXガスも0.02mg/kgと殺傷能力が高いものでした。意外なことと思われるかもしれませんが、我々が普段摂取しているものでも致死量が算出されています。
 
 例えば、コーヒーやお茶に含まれるカフェインはLD50が200mg/kgです。ヒトでの換算量は約10g相当、コーヒー1杯に含まれるカフェイン量は約90mgですので、1000杯程一気に飲まないと致死量に達しません。無理です。もっと身近なものと言えば塩。塩にも致死量があります。LD50は3g/kg、ヒト換算では約150gなのでコップ一杯分の塩を食べてしまうと命に関わりますが、そうならないように味覚が反応し吐き出すはずです。

 
 で、覚せい剤の致死量は0.5g~1gです。ただ、覚せい剤の1gの末端価格は7万円(ネット情報)、何らかの薬物を使用するのであれば、他の薬物でもよかったはずです。

 覚せい剤の作用機序はドーパミンを増やす、ということでしたが、ドーパミンというと、我々がよく知っているもう一つの薬物が思い浮かびます。ニコチンです。幼児がタバコを誤飲すると、急性中毒を起こるから緊急処置が必要になる、ということで知られています。 最新の研究ではニコチンの致死量も0.5g程であるといいます。もし犯人が薬物を色々検証していれば、ニコチンの方が安価に済むはずです。しかし、ニコチン0.5gはタバコ20-30本分にあたり、液体に抽出する過程が煩雑となるはずです。またニコチンと同等量の致死量をもつのが青酸カリです。よく推理ドラマに使われるやつです。しかし入手経路が希少ですので、後で足がつきやすい、という問題があります。
 
 この事件を取り上げた理由は、ドンファンさんは齢70代半ば、もし警察の解剖がなければ、飲酒後の心臓突然死で幕引きされたであろう、と思われるからです。非常に恐いことです。犯人側としても、ドンファンさんは高齢であるがゆえ、毒物が有効であれば、病死として処理されるだろう、という見込みをたてていたふしもありますが、毒物の選択にあたっては、仮に、最悪遺体が解剖されて原因毒物が見つかっても自分の足がつかないものをチョイスしようとしたに違いありません。

 例えば、皆さん、熱がでたときにすぐに治したい、と思ったときに、一時間も待たされる病院に行くより、まず薬局でいつも使っている感冒薬を購入したりしませんか?その方が手っ取り早く症状を改善させることが経験上わかっているからです。
 
 よく「警察署24時」などのテレビ番組もので、防犯カメラのない住宅街ですれ違いざまに薬物の取引が行われる様が放映されるように、覚せい剤は我々の見えないところで比較的広範囲に流通している可能性があり、入手経路の特定が難しいものの一つです。過去に芸能人が逮捕されても売人は逮捕されていません。急性中毒で死亡する事は販売後に関わる事でありその扱いに通じている者であれば、覚せい剤を「その目的で」使用する、という思いつきは比較的た易いことでしょう。ただ、急性中毒死のことは知っていても、確実に目的を達する量はどのくらいか、という疑念があったに違いありません。ワンちゃんから覚せい剤成分が検出されていなかったことは、検出限界の問題があります。つまり、慢性中毒であれば毛髪に残留します。しかし、ワンちゃんに試した、ということだと急性中毒なので、その死亡から数週間経過して、お墓から掘り出した後の血液成分の調査では、腐敗が進み、薬物成分の検出は難しいものと考えられます。

 心臓突然死の原因となり得る違法薬物の急性中毒が今回の事件によって注目されることとなりました。精神異常症状、中毒症状を生じ得るだけではなく、比較的低用量で心臓突然死を招来することになり、大変危険です。もちろん法律で使用が禁止されていますが、このような薬品は健康ばかりか生命を落とす転帰となることを忘れてはならないと思います。

(循環器内科科長)


あなたの血液はどろどろ?さらさら?―どろどろ・さらさらを科学する?―

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 暑くなってきましたが、皆さんの血液はどろどろですか?さらさらですか?そして、できればさらさらでありたいと思っていませんか?

 それにはまず、「血液どろどろ」、「血液さらさら」、とはどのような状態か説明しないとなりません。しかしこれは結構難しいことなのです。なぜなら、厳密に言うと特に「血液どろどろ」である、と医学的に正確に定義できる基準値は存在ないからです。また「血液さらさら」という基準値も、梗塞予防の治療をされている方を除いてないです。というと、皆さん意外に思われるかもしれません。確かにテレビの情報番組などで、「血液さらさら」が体にいいことは識者がよく説明しています。また「血液どろどろ」になると血管が詰まりやすくなる、とよく言われます。

 「血液どろどろ」、「血液さらさら」という言葉は非常にわかりやすく聞こえる言葉です。なぜなら、日本語の擬態語を使用しているので、私たちに耳に入りやすい言葉であるからです。我々日本人にとって、このような日本語は感性に訴えかけるもので、なじみやすい言葉でもあるのです。つまり、医師などが血管の梗塞の状態を避けるために行う、抗血小板療法、抗凝固療法を患者さんに説明する際、「血液をさらさらにするお薬ですから」と説明していたことが、一般に流布した結果、現在のように人口に膾炙している言葉となっているものだと考えられます。しかし、冒頭のような質問、自分の血液がどろどろなのか、さらさらなのか、あるいはそれを知ることができるのか、という問いに答えられる人はそう多くはないと思います。

 さらさら、どろどろは科学の言葉に置き換えると、粘性を表しているものといえます。さらさらは粘性が低い、どろどろは粘性が高い状態です。

 これを血管の中の血液の状態に置き換えて考えてみましょう。実は血液は血球と液体成分(血漿:けっしょう)とに分かれられます。血管の中を球と水が転がっていくイメージです。プールのウオータースライダーを滑っていくイメージです。

 一般的に脱水になっている場合、血液どろどろと表現することが多いです。つまり、どろどろと例える状態とは、血管の中に水が少なくなって、相対的に多くなった球が転がっています。そうした場合、細い血管であれば、多くなった球が詰まったりすることは容易に想像できます。こうして脱水時に起こる脳梗塞、心筋梗塞がよく知られています。そして、このような梗塞は夏に発症することが多いのです。しかし、「血液さらさら」「血液どろどろ」は飽くまでも造語であり、先ほど説明したように、患者さんに説明しやすいようにお話しする言葉であり、医学的に正確な用語ではありません。

 血液どろどろ、としてもう一つよく使われる状態があります。それはコレステロール、特にLDLコレステロール、つまり悪玉コレステロールが高いことを指して使われることが多いです。ちなみに「悪玉コレステロール」も患者さんに説明しやすいように使われる用語であり、正確な医学用語ではありません。また一般の使用頻度は低いようですが、高血糖の状態も血液どろどろとして使用される場合があります。こちらは血液の浸透圧が高い状態と言い換えることができます。

 ここでお分かりのように「血液どろどろ」、を表す状態として、主に脱水や高LDL血症を挙げましたが、この二つは医学的には全く別の状態です。つまり、「血液どろどろ」を一義的に定義する基準値はありません。逆の「血液さらさら」も抗凝固薬を内服される患者さんでない限り、それを定義する状態も他にはなく、非常にアバウトな言葉であるということになります。

 読者の多くの皆さんは、「血液さらさら」の状態になりたいと思って、本稿を読まれたと思いますが、一向にその話がでてこなかったのでがっかりされた方もいると思われます。それでは一応、「血液さらさら」の状態になれるのかどうか、説明しておく必要があると思います。ヒントは先ほどの「血液どろどろ」の状態を指して使われるのが多いのが脱水と高LDL血症である、というところです。
では脱水の反対の状態にあるために、水をたくさん飲んだら「血液さらさら」になるのでしょうか?答えはなりません。正確に言えば、「血液どろどろ」にならなくなると思いますが、水をたくさん飲んだからと言っても、過剰な水分は尿から排出され、「普通の」血液成分にしかならないからです。

 それではLDLを下げたら「血液さらさら」になるのでしょうか?確かに動脈硬化にはなりにくいのである意味「血液さらさら」だと言えましょう。
ただし、それは心筋梗塞や脳梗塞の再発予防のために、抗血小板薬や抗凝固薬を内服している患者さんのいわゆる「血液さらさら」の状態とは全く違います。

 言葉遊びをしているみたいで、結局、要は「言葉のあや」なだけなのですが、科学の見方からすると、一つの言葉で異なる二つ、三つの状態を表すことができるなんて、こんなアバウトな言葉の使い方はあり得ません。

 しかし、このアバウトな言語である日本語のよいところは、科学の難しい話も、「さらさら」、「どろどろ」という言葉を入れるだけで、誰でもわかった気にさせるところです。日本語のオノマトペは日本人にしかわからない感性の奥をついてくるものです。

 今みてきたように、実は科学的実態や裏付けるものがない「血液さらさら」「血液どろどろ」の謎は深まるばかりです。たちが悪いことに、健康機能食品やサプリメントの販売でよく使われる言葉でもあります。そのようなものを使って本当に「血液さらさら」になるのでしょうか?
そして、果たしてそれを確かめることができるのでしょうか?

 それより、運動や食事に気をつけたり、暑い季節に水分摂取を心がけることの方が健康的に思えます。少なくともそれは「血液をどろどろにはしない」方法であるといえるからです。

(循環器内科科長)


暑いときには気をつけようー熱中症(熱射病)―

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 暑いときにクーラー・空調をつける、それが当たり前の現代社会ですが、クーラーのなかった時代には、日本人は涼を楽しむという心をもち暑さをしのいできました。井戸水で冷やしたスイカ、うちわ、風鈴、すだれ、かき氷、花火、きもだめし、などと日本独特の文化の中に様々なアイテムを育んで、今も生きています。


 
 どこにでもクーラーで涼める便利な社会になりましたが、日本のよき文化が東京の街角の小道に入るとまだ脈々と受け継がれているのをみるとうれしい気持ちになります。しかしどんなに文明が発達しても、夏の暑さは人間の力でコントロールが効かないものの一つです。特に、炎天下で長時間の作業や部活動などで、じりじりと焼けるような太陽の下に体をさらしていると途端に熱中症になります。
 
 私たちの幼少の頃は日射病と言っていました。最近では学術的に熱中症、あるいは熱射病と呼ばれることが多くなりました。よくある症状はだるさ(全身倦怠感)、しびれ、頭痛、吐き気、めまい、脱力感などです。
 
 最近熱中症で問題となっているのは、都市のヒートアイランド現象です。空調でビルなど室内は冷えますが、その分熱交換されますので、外には熱が吐き出されます。樹木が少ないとアスファルトの地温はどんどん上昇します。場合によっては、猛暑の日に30分ほど外を歩いただけで熱中症になる方もいます。また、ヒートアイランド現象により真夏日・夏日・熱帯夜の日数が増加するため、熱中症による救急搬送者数や死亡者数は増加するといわれています。2015年には国内で968人もの方が亡くなっているというデータもあります。
 
 もう一つの問題は高齢化に伴うものです。熱帯夜に高齢の方が、クーラーをつけないで一晩寝て、朝になったら熱中症になっていた、という話をよく聞きます。高齢の方は喉の渇きを自覚しにくいので、体温が上昇しても、飲水行動による体内冷却がスムーズにいかないため、熱中症を発症するとされています。
 
 熱中症において、二つ重要なポイントがあります。「汗」と「体温」です。実は、汗は体温が上昇するのを防いでいます。ヒトの体は暑いと汗をかきますが、その水分が蒸発する際に気化熱を体から奪います、つまりその分だけ体を冷やす効果があるのです。汗をかくことができるうちはいいのですが、あまりたくさんの汗をかいて水分補給ができない場合、脱水になります。加えて、汗は若干の塩分も含みますので、脱水の際に水だけを補給すると低ナトリウム血症を来たし、脳の障害が起こります。昔の部活の先生が炎天下の運動のときに、「水を飲むな」と言っていた、という話をよく聞きますが、水だけを補給しないで、塩などの電解質を含んだ水を飲む、というのが正解になります。

 
 汗による体温調節がうまくいく前に、あまりに急激に体温が上がりすぎると脳の機能が障害され、意識障害や体温調節ができなくなる状態になり、死亡することがあり大変危険です。
従って、熱中症にならないようにするには、電解質を含んだ水の補給と冷やすことが重要です。また、症状が顕著であれば、医療機関に受診し、電解質を含む輸液と冷却が大変有効です。

 よくあるのが、涼しい部屋の中に長時間いてから外に出て、歩いていて程なくして発症するケースです。空調のきいた屋内にいると、体は「寒い」と感じて毛穴が閉じてしまい、外の炎天下にでても、中々汗をかいてくれません。急激に体温が上がり、汗をかく、という体温を低下させる反応が追い付かないと、やはり熱中症がおきてしまいます。

 
 発汗はもともと自律神経が制御しています。暑いところや涼しいところに出たり入ったり繰り返していると、数分ばかりの短い時間で5℃くらいの温度変化があるはずで、自律神経の調節や働き自体も不調をきたしてきます。ヒトの先祖、霊長類が誕生したのは一億年前からといいますが、その時代から考えても、元々ヒトの体は、こんな短時間に繰り返される急激な温度変化を経験したことはなかったはずです。


 このように、熱中症は都市のコンクリートジャングルの中で起こりやすくなっていますので、要注意です。炎天下に外出をするようなときにはうちわや扇子を持っていくのがいいと思います。風を自分に送ることで、体熱をとりさり、汗を早く蒸散させるので、体温の上昇を抑えることができます。例えば打ち水なども、実は科学的根拠に基づいていて先人の知恵には驚くばかりですが、そういった日本の古き良き文化がこれからも受け継がれればいいなと思います。

(循環器内科科長)
 


心臓の画像検査(エコー、CT、MRI)のそれぞれの違いについて

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 心臓を見る検査にはエコー、CT検査、MRI検査がありますが、それぞれ長所、短所があり、病態ごとに得手・不得手があります。
 
 例えば心臓の動きを見るのには、心エコーはとても簡便で、プローベという超音波を出す棒を胸に当てればすぐに心臓がどういう状態かはわかります。ところが、心臓の動きはわかりやすいエコーですが、心臓を栄養している冠動脈や心臓の筋肉の性質はわかりにくいです。心臓の筋肉の性質をみるには、MRI検査がむいています。造影剤を使えば、心筋がダメージを受けているのかが、見た目でわかります。MRIが優れているのは冠動脈の状態をわかることもできます。しかし、MRIでは画質がやや落ちたりすることがあり、また患者さんの状態によってはきれいな冠動脈が撮影できるとは限りません。
 
 その点、冠動脈をみるのには何といってもCTが向いています。CTでは画質がよく、また最近の新型のCTではあまり条件に左右されずに、きれいに撮像できます。
 
 しかしCTでは被曝量が増えたりするため、心臓の動きの評価は難しくなります。
このように3つの心臓検査はちょうどじゃんけんの「3すくみ」のような関係になっています。検査の性格が3すくみになっているとは面白いものだと思います。

 今は、心臓を評価する項目に着目して比べてみましたが、検査の能力をざっくりと比較してみましょう。
最低必須の画像を取得する時間でいうと、冠動脈CT(1秒以内)<心エコー(数分)<心臓MRI(20分)の順番に長くなります。また薬剤や被曝など体の侵襲を考えると、一番負担が少ないのは心エコー<心臓MRI<冠動脈CTの関係になります。また一つの検査での評価可能な項目の多い順番では心臓MRI>心エコー>冠動脈CTとなります。また歴史の新しい順番でいうと心臓MRI>冠動脈CT>心エコーとなります。
 
 実際の臨床現場ではこれらを組み合わせたり、順番を考えたりして選択し、使用します。
 
 当院に来院する患者さんで、「最新の心臓MRIを撮るんだ」と意気込んでいらっしゃる方が多くおられます。ネットなどでサーチされたのかと思いますが、残念ながら、保険診療で検査を行う場合には、それなりの疾病の存在を疑う状態で、なおかつ至適な検査を医療者側がチョイスさせていただくので、ご希望に添えない場合もございます。医療費が高騰しておりますので、医療機関には適正な保険診療をすることが求められているからです。
 
 当院では他院より比較的廉価で、しかも検査内容は同様の最新式の心臓MRIドックをご提供しております。ここから誠に手前味噌になりますが、少し当院の心臓ドックのご紹介のお話しになります。

 心臓突然死を予防するにはまず心臓ドックの受診から始まります。当院の心臓ドックは特に画質と読影のqualityは高く、チームで二重、三重のチェック体制を敷いて、通常見逃すような所見でも拾っております。このため、二次検査の冠動脈CTで動脈硬化のプラーク病変の診断をされた方が少なからずおられます。このことが可能であるのは、我々の読影のチームが心臓MRIに関しては10年近くの経験があるからです。もちろん、撮像後、画像はすぐにチェックを行い、重篤な所見のある場合にはご本人様にお知らせし、当日緊急に大学病院にご紹介するなどの緊急時即応体制もとっております。
 
 心臓ドックで金額が高いほど、高度なことをやっているかと思う方がいらっしゃるのですが、そんなことはございません。ドックで使用している機械はどの医療機関もほぼ同じ機能です。ドックで行うような心臓MRIは今や珍しい検査ではなく、どこでもできるので、心臓MRIだけのドックで10万円以上もする検査ではありません。我々は多くの経験があり、MRIは普段使いしているのでこれは特別な検査だとも思っていないのです。当院ではより多くの方に新しい検査機器である心臓MRIの恩恵を受けていただきたく、適正な価格でご案内しています。
 
 医療の本質は患者さんの闘病生活・健康生活に貢献をすることです。我々の心臓画像診断チームはそれを見誤らないようにして、患者さんに還元するべく常に最新の撮像法にもトライしております。そのことについてはまた本ブログで取り上げたいと思います(循環器内科科長)。


医者は症状を聞いただけで病気がわかる?わからない?

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 先日、患者さんから「症状を言えばすぐ病気がわかるものではないのですね」とお言葉をいただきました。
 そこで、冒頭の質問が今回のテーマです。果たして優れた医師は症状を聞いただけで病気がわかるものでしょうか?
 最近の医学教育の中でも医療面接の重要性が医師の卵である医学生に教育されています。患者―医師関係を構築していく上で、患者さんが自由に症状を中心としたお話しをする事とそれを医師が傾聴するという姿勢、これは不可欠なものになります。

 医師の診断はまず話の大枠から最も可能性のある診断群を仮説としていくつか想定(初期診断、鑑別診断)、それにあった検査方法を選択、そして診断を決定(確定診断)、というように仮説を検証する過程で構成されます。ちなみに、初期診断の際は~が疑わしいという意味でカルテに「~ s/o(~という病気が疑わしい)」と書かれます。 また可能性は低いが見逃すと問題である病気の場合には「~r/o(~という病気をルールアウト)」と書かれます

 もちろん、優れた医師は経験があるため話を聞いただけで大体の見当がつく場合が多いです。見当がつく、そういう意味ではYesです。ただし、病気の種類・性質により、確定診断に必須とされる情報が異なります。診断に必須とされる情報とは、言い換えると診察所見なのか画像なのか病理組織なのか採血なのか、あるいはそれらの複数の組み合わせなのか病気の種類・性質により異なりますので、話だけからは正確に最終確定できないことの方が多いのです。従って、確定診断という意味ではYes<<Noとなります。
 
 これを聞くと、「いや、やはり話を聞いただけでわかるはずだ」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
 病気によっては話だけでほぼ同定され得るものが心臓病にはいくつかあり、例えば代表的なものでは狭心症、心筋梗塞、心不全などが挙げられます。これらは経験のある医師は患者さんのお話しと見た目(視診)でその疾患の有無が高い確率で判定できます。「朝から急に胸が痛みだして、どんどん悪くなり痛みが強くて動けない、冷や汗もかいている」という話を聞けば、まず心筋梗塞を疑う訳です。先月のことになりますが、私は心臓CT検査をやる前に左冠動脈前下行枝近位部に有意狭窄があるだろうとスタッフに告げたことがありました。やはり心臓CTで左冠動脈前下行枝がつまっておりました。ただこういうものは100%ではなく、症例によっては例外的なことはいくらでもあります。どんなに自信があっても治療方針を決めるためには、診断は段階を踏んで慎重に行う必要があります。従ってこのような疾病でも最終的には採血、レントゲンや心電図、心臓CT、心臓カテーテルなど、検査での確認が必要となるのです。特に最近心筋梗塞は突然死の原因として注目を浴びていますが、心筋梗塞になりそうなケースの場合には心臓CTが診断には優れています。
 
 人間の体は外からみてわからない部分もあり、基本的にはブラックボックスです。医師があなたに病気がある、ない、などといくら言っても体の中の現象が全てみえている訳ではありません。医師の判断の依拠するところは知識と経験則、そして技術です。しかし、特に心筋梗塞では画像でみれば一目瞭然です。患者さんも画像でみれば、病気がある、ということを認識できます。 
 
 心筋梗塞になりそうな症例をみれば、経験のある医師は話を聞いただけでわかる上に心臓CTやカテーテル検査を行うのは、以上のように診断過程で重要である他、治療上の必要性もあります(循環器内科科長)。


鉄過剰症による心不全の画像診断 ―期待されるT2*(スター)の役割―

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 鉄過剰症という状態があるのをご存知でしょうか?
 
 例えば貧血になったりすると、肉をとりましょう、鉄分を含むサプリメントを補充しましょう、あるいは鉄剤を服用しましょう、などと医師から指示されることがあると思います。

 ただ、高度の貧血になると赤血球輸血といって赤い血の輸血をすることがあります。

 多くのケースでは手術中や消化管出血などの場合で行われます。しかし定期的に赤血球輸血をしなければならない状態があります。血液をつくる機能(=造血機能)は骨髄にありますが、造血機能にダメージを与える血液の悪性腫瘍の患者さんでは輸血が慢性的に必要になることがあります。このような状態では鉄過剰症という状態になりやすいとされています。

 そもそも血液が赤いのは赤血球、ヘモグロビンが鉄分を多く含むからです。この鉄は酸素とくっつくことにより全身に酸素を運搬する働きをもっているのですが、酸素と結合した酸化鉄を多く含むため哺乳類の血液は赤くなります。

 よく鉄がさびると赤くなりますが同じ原理です。鉄のさびたにおいも血液のにおいに似ています。小学校のとき、雨の日になると階段の鉄製の手すりが嫌なにおいを発していました。鉄棒をやったときに手につくにおいも同じです。これは鉄さびのにおいですが、血液のにおいも同じようなにおいがします。

 ちなみにけがをしたときに出る血液はもちろん赤いのですが、これは静脈血のため、容器にたくさんためた状態でみると黒っぽくみえます。採血しているときに採血管にたまっているのは少し黒っぽくみえますね。逆に動脈血は真紅のような色をしており、容器にためてみても赤くみえます。我々は針を穿刺する際に色をみて動脈血か静脈血か分別することができます。
 さて、それでは貧血の方に頻回に輸血を行うと何故鉄過剰症という状態になってしまうのでしょうか?赤血球の寿命は3ヶ月ぐらいのため、時間がたつと壊され、その分鉄が残ります。残った鉄は造血の際にまた再利用され、鉄が過剰になることなく循環することになります。しかし、造血機能の病気の方で輸血をたくさん行い慢性的に継続されるような場合では、輸血などで補われた赤血球が3ヶ月程で壊れる一方で、元々の病気のため造血ができない為、鉄は使用されずに残り、体内を循環し過剰分の鉄となります。この鉄は排出される量はわずかなので体内に次第にたまっていくことになります。ただし、肉を多く摂取したからといってそれぐらいでは鉄過剰の状態にはなりません。


 この鉄は最初のうちは解毒をつかさどる肝臓でカバーしてくれます。しかしそのうち全身に沈着をし、心臓にも沈着してダメージを与えます。採血をすれば鉄がどれだけ余分にあるかわかります。しかし心臓の筋肉、心筋にどれだけ余剰にたまってきているかはわかりません。たまってきてしまえば、徐々に心臓の動きが悪くなってしまいます。その進行の性質は「不可逆的」といいますが、要するに一旦悪くなったものはなかなか元には戻りません。沈着しているとわかれば、すぐさま鉄を除去するような治療、キレート治療といいますが、その治療介入が可能となります。
 
 鉄の心筋への沈着を判定することができる心臓MRIの撮影法をT2*(スター)といいます。このT2*による撮影はどこの医療機関でもできる撮影ではありません。今回当院の技師さんの尽力によりボランティアー撮影を行い、正常範囲の至適な値が算出されました。

 輸血を長期間頻回にしなければならないような患者さんでは、心臓の状態が問題になってくる場合が予想されます。当院にご相談いただければと存じます。(循環器内科科長)


禁煙ストーリー

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 外来に素晴らしい写真が飾られました。写真が趣味の技師さんがボランティアーでご自身が撮影したものを大きい印画紙にプリントし、飾ってくれました。

 さて、禁煙外来継続中です。現在喫煙されている方は2020年の東京オリンピックが始まる前に禁煙しておきましょう。アイコスも有害とされています。
 
 そんな折、お一人の女性が禁煙を達成されました。

 その方は学校の先生をしておられます。喫煙歴は20年、結構長いです。教師というのは職業規範が求められますので、先生も教え子の前では喫煙する姿をみせまいとされていたそうです。お話しを伺い、やはり学校の先生はストレスがたまるのだな、という印象を受けました。先生は今まで本気で禁煙をしようと思わなかったそうですが、40歳の誕生日を迎えたのを機に健康上のことを考慮して禁煙しようと思われた、とのことです。
 
 思い出されるのは小学校の時のおじいちゃん先生、教室でも職員室でもぷかぷか吸っていました。戦争にも行ったというその先生、恩師への気持ちは忘れがたく、後年ご自宅に伺ったときには在宅酸素療法をして自宅療養しておりました。古びたショパンの楽譜をいただいたのを覚えています。

 自分が医師になってからも、禁煙を啓発すべき多くの先輩医師が医局で堂々とぷかぷか吸っており、そんな光景が珍しくない時代でした。嫌煙の風潮・分煙化が進み喫煙者の肩身が狭くなってきたのはごく最近のことです。ベランダで肩身狭く吸っているお父さんが増えてきました。マンション・アパートなどの集合住宅では窓の外の空気がタバコのにおいで汚染されることで、新たな居住者同士の軋轢を生むことがある、との話しもあります。

 このため、当院の外来にいらっしゃる患者さんの中には、隠れて喫煙される方も多く、非喫煙者の私からみると結構なストレスに思えますが、そうまでしてでも吸いたくなります。これがニコチン中毒症の本体です。
 
 しかし、こちらの先生がすごいのは禁煙外来の治療を開始して8日目から完全禁煙に入り、その後一本も吸われず、危惧された禁断症状もなく3カ月の禁煙プログラムを見事達成されました。
 
 禁煙は3カ月のプログラム終了でおしまいではありません。それからも「脱煙」として一日一日を刻む必要があります。脱煙の日々を過ごしていき、いつの日か禁煙していることも忘れてしまう日「卒煙」が来るかもしれません。時間がかかる場合もあるかもしれませんが、ニコチン中毒症から離脱する禁煙治療の本当のゴールはそこにあります。