循環器内科は、心臓と血管(動脈と静脈)の疾患を専門に診療する内科です。

薬物中毒と心臓突然死について ―ドンファン氏怪死事件の謎にみる脱法薬物の危険性ー

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 和歌山の資産家が急死した事件で、覚せい剤の急性中毒死、また誰がそれを飲ませたのか、という話題が先ごろから注目を浴びていました。飼っていた犬を調べた結果、薬物成分が検出されていないことで事件はさらに迷走しそうであります。
 
 これはマスコミなどでも取り上げられていたことなのですが、覚せい剤で死亡するのか!と思った方は多かったようです。私も意外に思いました。覚せい剤は慢性中毒のイメージが強く、致死量が低く、死亡させるような薬物である、ということは知りませんでした。
 
 覚せい剤は正確にはアンフェタミン、メタンフェタミンという薬物です。精神刺激薬としての効能があり、血圧上昇、興奮、不眠を来たします。太平洋戦争で日本軍が戦場に赴く兵士に対して恐怖感を軽減する目的で使用した事でも知られています。不眠作用があり夜間での作業能力を高める薬として、戦前から「覚せい剤」として販売されていました。

 その薬理作用はドーパミン放出を増やし、交感神経の活動を高めるため、血圧と心拍数を増やします。要するにアドレナリンが出るようになり、実は強心作用を有しているのです。精神毒性や依存性がなければ、心不全の際に使用できる薬物であったかもしれません。
 
 では覚せい剤により急死した、というのはどうしてなのでしょうか?
 
 すべての薬物には致死量があります。薬物を開発しヒトに対して安全に使用するには、まず動物に投与し、その半数が死亡する量を求め、毒性として判定します。これをLD50といいます。我々が医療目的で使用している薬品の中には劇薬と毒薬が定められていて、LD50=50 mg/kg以下を毒薬、LD50=300 mg/kg以下を劇物と定められています。

 今回は医療を扱う医家の立場から薬物の毒性に関してお話ししますので、犯罪行為などに以下の知識は決して悪用しないでください。

 例えば毒性の強いものとして破傷風菌があります。破傷風菌は戦前、旧日本軍が破傷風菌を生物兵器として研究していた疑いがありますが、LD50は0.000002mg/kg、とかなり微量でも多くの実験用動物を殺傷せしめる能力があることがわかります。フグ毒(テトロドトキシン)でも0.01 mg/kgです。キムジョンナムが暗殺されたときに用いられたVXガスも0.02mg/kgと殺傷能力が高いものでした。意外なことと思われるかもしれませんが、我々が普段摂取しているものでも致死量が算出されています。
 
 例えば、コーヒーやお茶に含まれるカフェインはLD50が200mg/kgです。ヒトでの換算量は約10g相当、コーヒー1杯に含まれるカフェイン量は約90mgですので、1000杯程一気に飲まないと致死量に達しません。無理です。もっと身近なものと言えば塩。塩にも致死量があります。LD50は3g/kg、ヒト換算では約150gなのでコップ一杯分の塩を食べてしまうと命に関わりますが、そうならないように味覚が反応し吐き出すはずです。

 
 で、覚せい剤の致死量は0.5g~1gです。ただ、覚せい剤の1gの末端価格は7万円(ネット情報)、何らかの薬物を使用するのであれば、他の薬物でもよかったはずです。

 覚せい剤の作用機序はドーパミンを増やす、ということでしたが、ドーパミンというと、我々がよく知っているもう一つの薬物が思い浮かびます。ニコチンです。幼児がタバコを誤飲すると、急性中毒を起こるから緊急処置が必要になる、ということで知られています。 最新の研究ではニコチンの致死量も0.5g程であるといいます。もし犯人が薬物を色々検証していれば、ニコチンの方が安価に済むはずです。しかし、ニコチン0.5gはタバコ20-30本分にあたり、液体に抽出する過程が煩雑となるはずです。またニコチンと同等量の致死量をもつのが青酸カリです。よく推理ドラマに使われるやつです。しかし入手経路が希少ですので、後で足がつきやすい、という問題があります。
 
 この事件を取り上げた理由は、ドンファンさんは齢70代半ば、もし警察の解剖がなければ、飲酒後の心臓突然死で幕引きされたであろう、と思われるからです。非常に恐いことです。犯人側としても、ドンファンさんは高齢であるがゆえ、毒物が有効であれば、病死として処理されるだろう、という見込みをたてていたふしもありますが、毒物の選択にあたっては、仮に、最悪遺体が解剖されて原因毒物が見つかっても自分の足がつかないものをチョイスしようとしたに違いありません。

 例えば、皆さん、熱がでたときにすぐに治したい、と思ったときに、一時間も待たされる病院に行くより、まず薬局でいつも使っている感冒薬を購入したりしませんか?その方が手っ取り早く症状を改善させることが経験上わかっているからです。
 
 よく「警察署24時」などのテレビ番組もので、防犯カメラのない住宅街ですれ違いざまに薬物の取引が行われる様が放映されるように、覚せい剤は我々の見えないところで比較的広範囲に流通している可能性があり、入手経路の特定が難しいものの一つです。過去に芸能人が逮捕されても売人は逮捕されていません。急性中毒で死亡する事は販売後に関わる事でありその扱いに通じている者であれば、覚せい剤を「その目的で」使用する、という思いつきは比較的た易いことでしょう。ただ、急性中毒死のことは知っていても、確実に目的を達する量はどのくらいか、という疑念があったに違いありません。ワンちゃんから覚せい剤成分が検出されていなかったことは、検出限界の問題があります。つまり、慢性中毒であれば毛髪に残留します。しかし、ワンちゃんに試した、ということだと急性中毒なので、その死亡から数週間経過して、お墓から掘り出した後の血液成分の調査では、腐敗が進み、薬物成分の検出は難しいものと考えられます。

 心臓突然死の原因となり得る違法薬物の急性中毒が今回の事件によって注目されることとなりました。精神異常症状、中毒症状を生じ得るだけではなく、比較的低用量で心臓突然死を招来することになり、大変危険です。もちろん法律で使用が禁止されていますが、このような薬品は健康ばかりか生命を落とす転帰となることを忘れてはならないと思います。

(循環器内科科長)


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