循環器内科は、心臓と血管(動脈と静脈)の疾患を専門に診療する内科です。

血液循環とがんとの不思議な関係

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 芸能人・著名人が乳癌、膵臓癌、肺癌など色々な癌を罹患し、あるいは死亡され報道されるケースが多くなっています。それだけ世間の皆さんの関心が高い話題だともいえます。私の幼少時、40年ぐらい前は癌といえば「不治の病」という印象の強い病気でした。この病気になれば死を意味するほど重い病名で、今は癌を「がん」と表記することも多くなってきました。
それからかなり時間は経ち医学が目覚ましい発展をとげ、診断、治療が進歩してきました。具体的には、治療面では癌細胞を直接ターゲットとした抗癌剤の開発など、診断面では、血液マーカーの他、当院が最も得意とするCT、MRI、エコーなどの画像診断機器の開発が進みました。画像診断法の発達で、早期の微小な病変の段階でかなり明瞭な像を得ることができるようになってきました。癌は「不治の病」から「治療し、治癒し得る病気」に変わってきたと言えます。
 しかしながら、癌は日本人の死因の一位でありつづけています。癌は一旦他の臓器に転移してしまうと、治療ができない場合が多く、それが若い方に発症し死亡につながる悲劇的な話になること、このことが世間の耳目をひくように思われます。
 私たちは毎日、同じような生活の繰り返しで、先の人生がいつまであるか本来わからないものです。しかし、今までもこんな感じできたから、これからもこのまま同じように続くであろう、と経験則で変な確信をもっていたりします。そして多くの人は現実の生活の短期的・中長期的な目標に没入します。ところが、本来は不安があってもおかしくないのであって、明日何かが起きて人生のプランが崩壊する可能性はあるはずです。実際、産業革命以前の世界は、天変地異や飢餓、感染症にさらされ、人の死は今よりもっと間近にあり、神への信仰という概念がより必要とされる時代でした。現代の世界、特に日本のような先進国社会では、常に死の恐怖にさらされる、ということがなくなり、ある意味平和ぼけしているといわれています。その反動でしょうか、地震や台風などの災害が起こるたびにショッキングなテーマとなり、マスコミが大々的に過激なまでに報道し、被害にあった方の身を案じます。しかし時間が過ぎると、そういった人たちのニュースは減って、世間の多くの人々の関心も新しい話題にどんどん更新され、情報が消費されています。
 有名人の癌による死亡、は、もちろんその人がもう見られなくなってしまう悲嘆の深い経験でもありますが、振り返って生と死に向き合い、わが身に置き換えて考えてみる機会でもあります。いろんな方が身を挺して病気の恐ろしさを教えてくれています。私たちはそこにこれからの生きていく智慧を見出さないといけないと思います。

 閑話休題。今回のテーマは我々の専門とする血液循環とがんの関係です。
癌細胞は成長が早いですから栄養の元となる血液、すなわち血流を多く必要とします。そのため癌細胞から血管新生因子が分泌され、癌に栄養がたくさんいくように、細い血管が癌の塊の周りにたくさん作られます。つまり、癌の成長は癌をとりまく血液循環に依存しているといえます。

 しかし癌は熱に弱いとされています。がん温熱療法という治療法があります。癌細胞は42度以上になると死滅するといわれています。正常細胞では熱が上がると毛細血管も拡張して熱を逃がす働きがあります。一方で、がん細胞の新生血管は栄養供給のために急場しのぎで作られた血管なのでそこまでの働きがなく、熱がたまり死滅する、というのです

 体の冷えは癌の発症につながる、といわれています。ただし、冷え症という病気は医学的には存在しません。東洋医学の発想といわれています。哺乳類の一種であるヒトは恒温動物ですので、基本的に体温を一定に保つ機構を体がそなえているからです。例えば、「低体温症」という概念はありますが、雨にぬれて一晩中外にいるなど、体が極度に冷やされて、結果的に生命機能が維持できないような状態を指します。
 「冷感」という症候もあります。一例として、足の動脈硬化などで血流が低下し、触診上、足の温かさがみられないような状態があります。また心不全の急性期で循環が極めて低下した場合に、四肢末梢に冷感がみられることもあります。
 このように幾つか冷えに近い概念はあるのですが、日常的におこる冷えの体質のようなものは、疾患名としては存在しません。

 

 それでは「冷えにより癌が発症する」という説は本当なのでしょうか?

 実は、体温が1度下がると免疫力が30%下がるといわれています。また細菌やウイルス感染により発熱し体温が上がるのは、免疫細胞を活性化し、末梢循環をよくして、これらの外敵を攻撃するために起こるともいわれています。体温があがると免疫をつかさどるT細胞の活性化がみられる、というエビデンスもあります。癌の発症自体は「遺伝子の傷」で起こりますが、遺伝子の傷によりできた、正常ではない細胞(=癌細胞)は、体の防御システムである免疫機能がしっかりしていれば、免疫細胞の追跡をうけ、排除されるようになっています。冷えにより癌の発症が起こり得る、というのはあながち間違っていないかもしれません。

 9月はがん征圧月間でした。30年ぐらい前のことですが、新聞で「9月は癌で死亡する人が多い」のでがん征圧月間になった、という記載がありました。
 がん征圧月間が定められたのは1960年で、その当時画像診断はレントゲンぐらいしかなく、末期になってから発見されたのがほとんどだと思います。9月に癌死亡が多いというのは、癌にかかった末期の方が亡くなることが多かった、という通説が50年以上前に存在した、ということを意味していると考えられます。
 では、何故9月に癌でお亡くなりになる方が多いのでしょうか?そのとき読んだ新聞の記事には、9月に癌死亡が多い理由を「季節の変わり目にあたるから」、という説明がありました。最近になり改めて、文献を調べてみましたが、その明確な理由を記載しているものはみつかりませんでした。

 ただし、9月は確かに、外来患者さんの層も8月と変わってきます。感冒になる方が増えるのです。一部にはこの時期に流行するRSウイルス感染によるものがあるかもしれません。
また、気圧の変動が起こり、気管支喘息の方の発作がよく起こります。自律神経の不調をきたしやすい時期でもあります。
 夏の間に血液循環がよくなって、癌細胞が成長した末期癌の方が、9月に入り上気道感染にさらされたり、自律神経の不調をきたしたりすれば、体の不調をきたすことは充分に考えられます。気温が下がり、体が冷えることもあるでしょう。癌細胞をみはっている免疫細胞にとってはよくないコンディションになります。9月に癌死亡が多いというのは、そのような背景があったのかなと推察します。

 まとめると、体の冷え=血液循環が悪くなる、と癌の発症を後押ししてしまうし、一旦癌が成長すると癌は新生血管を多くだすので、癌周囲の血液循環そのものが癌の成長を促進してしまう、しかし高体温の状況では、癌の血液循環は実は未熟な形によるために、蓄熱を起こし死亡する、このような不思議な関係になっていると考えられます。

 まずは、体の冷えにならないようにすることが大切です。入浴し体をゆっくり温めます。また体が温まったらほどなくして床につきましょう。夜の作業をして体を冷やさない方がよいです。
 体の発汗をうながすショウガ、ニンニク、唐辛子などもいい食品であると考えています。
 若年女性に多い足の冷えやむくみは運動不足も一つの原因です。足の筋肉はポンプとして下肢末端の血流を上に送りだす働きをもちます。足がむくみやすいという方は下肢の筋力を鍛えることをお勧めします(循環器内科科長)。

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